2020年8月10日月曜日

介護するアメリカ

 ケアをするオプション

 今の時代、自分を守るだけで精一杯という人は少なくないでしょう。そんな中でも身内の老人、病人、怪我人の世話は待ったなしです。アメリカではどのようにこの問題と取り組んでいるのでしょうか。

 私は仕事柄、養護関連の人を病院やケア施設へお運びすることをよく行っています。そういった施設やケアセンターのスタッフ、身内の方々はいまとても大変です。ただでさえ日常生活で支えを必要とする人を、コロナから守りながら、自らも感染の危機にさらされ働いているのです。

 たくさんの人が集まる大人向けのデイ・ケアも今は多くが休業状態です。こう言っては失礼なのですが、実際の現場を見ると、介護を必要とする人の一部は、コロナ対策の自覚に乏しく、マスクをせずに他人に接近したりします。ケアをする側はすべてフォローできるわけではなく、場所によっては隙だらけの施設も見かけるのです。

 実際に老人ホームなどでの集団感染は、アメリカのどの地域でも発生しており、閉鎖をせざるを得ない施設も増加の傾向にあります。家族はもとより、介護の助けになるはずのエイドやボランティアの人達も原則訪問、入室等を禁じられたりしています。これでは介護が逼迫するのも自明のことです。

 それぞれの自治体で、助け合って人材を補う試みもありますが、持続的にできるかどうかは不透明なところが多いのが現状。

 そんな中、私の家内の母親が、老人養護施設に入るのを断念しました。去年の秋頃から入居先を度々訪れ、義母も納得していた矢先にコロナ問題が起きました。春に予定通りの入居を打診したら、待ってくれと言われました。ケア要員の人材不足と、財政難、そして安全の確保が不十分で、行政から新規入居者を制限するよう指示されていたらしいです。

 こちらもそんな不安要素の多い場所に義母を預けるわけには行きません。しかし養護施設を断念したことで、われわれは深刻な現実に直面しました。というのは、義母はすでに先月、長年住み慣れた実家を売却してしまっていたのです。

 義母にはもう帰る家がありません。思わぬ事態に家内の親族は家族会議をZOOMで始めました。なんとか他のオプションはないものかと検討を繰り返しました(私は不参加。家内に任せました)。フロリダに母のいとこで一人暮らしの大叔母さんがいるので、どうかと意見が出たのですが、それでは老老介護になってしまいます。

 家内の親戚、兄弟姉妹はいずれも相応の家を持っていますが、急に母を迎えるとなると、生活設計も大幅に変えることになるでしょう。義母は足が悪く、車椅子に対応できる家が必要なことも忘れてはいけません。毎週何度も議論が繰り返されました。そのうちコロナの情勢が好転するのではと、淡い期待もありましたが、全米規模ではまだ感染は増加傾向ということで、施設等への転居はオプションからはずさざるを得なくなりました。

 ーー誰かが母と一緒に住み、世話をする。

 やはりこれしか選択肢はありません。我が家もできることならなんとかしたいのですが、うちは借家で寝室の余分もありません。親族みんなが母を心配し、どうすべきかと、呻吟する日々が続きました。

 そしてその挙げ句、家内の姉夫婦が母と暮らすことを決断しました。決め手は「リタイヤ」です。この姉の夫は、この春定年で仕事をリタイヤしたばかりです。おりしも10年前から決めていた、田舎暮らしへの準備が進行中だったのです。引退後にはロングアイランドの大きな家を売り払い、ノースカロライナの田舎に引っ越すのが夢だったといいます。すでに彼らはノースカロライナの土地だけを購入していました。この秋には家を建てる計画が進んでいたのです。母と暮らすことで、家の設計図は速やかに見直しが始まりました。小さな家でもバリアフリーにし、応接間を削って母の寝室を作るそうです。

 姉夫婦はリタイア生活になるので、母の面倒をみる時間はありそうです。むろん二人にはそれなりのプランがあったでしょうが、今は母のことに意識を切り替えているみたいです。本当に頭が下がります。

 このように、なんとかうちの義母の生活は、姉夫婦によって守られそうです。これはまだ運のいいほうでしょう。たくさんの問題を抱える家族とその被養護者たちは全国にたくさんいます。今後はこういった、生活難民の手前にいる弱い立場の人達が、保護されるような政策を為政者に強く示していく必要があるのではないでしょうか。

 もはやこれは当事者のみの問題ではなく、国や地域のあり方から抜本的対策が急がれる課題であると私は思います。

2020年8月9日日曜日

ニューヨークでウサギを飼う

うさぎ記念日 


 8月8日は我が家にうさぎ兄弟がやってきた記念日です。ちょうどまる4年になります。

 この二匹はLion Headsという品種で、日本ではこれによく似たライオンラビットがポピュラーです。親戚のようなものですが、ごらんのとおり、耳が大きく顔の周りの毛がたてがみのようにふさふさとライオンのように伸びています。全体に毛足が長く、お尻のあたりの毛もわさわさ伸びては抜け、綿帽子のように床を漂います。ブラッシングしてやると喜ぶのですが、季節によってものすごい量の抜け毛になります。兄弟で舐めあって毛づくろいもしますが、この種は毛玉を飲み込んでお腹を壊しやすいので注意が必要です。

 凍らせたパンプキンのシャーベットが好物で、これには消化を助け、胃の中の毛玉を排出させる効果があるので、常備しています。ニンジンはさほど好物ではなく、気が乗らないと「フン!」とそっぽを向かれます。基本、ウサギは干し草と水さえあれば生きていけるのですが、野生と違ってデリケートな体なので、ペレット状の野菜やビタミン入のものを適宜与えます。

 ウサギは概ねおとなしく飼いやすいペットと言われますが、犬や猫のように人なつっこい生き物ではありません。性格はじつにマイペース。こちらからかまってやらないと距離は縮みません。かといっていきなり抱っこしたり、くすぐっても逃げられます。見た目は可愛いのですが、基本ツンデレで、じゃれついてくれたかな、と思った次の瞬間、ダッシュで隅っこに逃げ込まれたりします。根気よく付き合うことが必要な生き物です。

 とくにうちのウサギ兄弟は生い立ちにトラウマがあって、はじめは懐きにくかったのです。

 彼らは、とあるニューヨークの地方農家で生まれました。かなり変わった農夫だったそうで、牛、馬、羊、鶏などのついでにウサギも多数飼っていました。あるときあまりに増えすぎたウサギに、何を思ったのか、柵を開放して野放しにしてしまったのです。周りは野良猫、野犬をはじめキツネやラクーン、上空にはコンドルが舞う野生の世界です。飼われていたうさぎたちはどうやらそいつらに追われ、森で散り散りになったといいます。そのなかにまだ幼いウサギ・ブラザーズもいました。二匹はどんなに怖い日々を過ごしたのでしょうか。草食動物のウサギに攻撃性は一切なく、ただ逃げるだけの本能しかありません。

 近所の心ある人が動物レスキューのボランティに通報して、逃げたウサギを一羽一羽保護していったそうです。そのなかにウサギ・ブラザーズもいました。

 土手のくぼみで発見されたときは、互いにピッタリ身を寄せ合って震えていたそうです。まだ生後数ヶ月だったといいます。

 その話を人づてに聞いた家内が、ぜひ飼いたいと申し出ました。ちょうどうちの娘が思春期にさしかかり、悩み多きときだったので、癒やしを求めていたのです。

独特の警戒フォーメーション。こんな格好で互いに身を守り合うのです。


 動物レスキューの施設に保護されていた二匹を見て、妻と娘は即座にアダプトを決めました。大急ぎでケージや住むスペースを用意し、彼らを迎え入れたのが4年前の8月8日。

 二匹は兄弟ですが毛色が対照的です。白と灰色の方はストーミー、黒と茶色の方はチューウィと名付けました。スター・ウォーズのストーム・トゥルーパーとチューバッカから取ったものです。

 いまや二匹はすっかりウチの家族の一員となって、幸せに暮らしています。ときに外で犬が吠えると、条件反射でビクッと震えて、トンネルに逃げ込むのは、幼少時のトラウマのせいでしょう。いまでも二匹は頻繁に互いに身を寄せ合って、周囲を伺う癖があります。聴覚が発達しているので、人には聞き取れない音がしても嫌がって、激しく足で地面を打つ癖があります。いわゆる足ダンですね。日がな一日、腹ばいになって鼻をヒクつかせていますが、バナナやパパイヤなどのデザートが出たときは、飛び跳ねて全身で喜びを表現します。

 とっても可愛くて癒やされるこの生き物と、ニューヨークの片田舎で出会えたことはとてもラッキーでした。気難しい年頃の子供達もウサギと遊べば心が和み、家族共通の話題にも事欠きません。ウサギたちに感謝しながら、これからも大事に育てていきたいと思います。

  

2020年8月8日土曜日

変容する世界

 新時代に向けての提言(仮)



 コロナで人と人が自由に接近できなくなってはや半年あまり。ここニューヨークでも様々な場面で、生活様式に変化が見られるようになりました。


今のニューヨークの現状


 近頃、仕事でマンハッタンへ行く機会が増えてきました。週に2,3回はマンハッタンのどこかしらに車を回しています。それだけ人々がマンハッタンへの往来を復活しだしたと言えます。7月初旬にマンハッタンへ行ったときは、場所にもよりますが、至るところで、これがニューヨーク? と目を疑うほど閑散とした惨状が見られました。本当にゴースト・タウンのように人がいなくなっていたのです。

 昨日、ミッドタウンのチェルシーという地域へお客さんを迎えに行ったのですが、夕暮れ時、レストランの多くが営業していたのには驚きました。ただし大半は店内での飲食は禁止されており、店舗の表に椅子とテーブルをならべて営業していました。見る限り、多くの店がディナーどきということもあり、盛況でした。テーブル同士の間隔は6フィート余り取っていましたが、問題は通行人です。歩道にはみ出したレストランのスペース分だけ通り道が狭くなり、どうしても食事中の人と、通行人が接近してしまいます。従業員も皿を抱えて激しく行き交うので、蜜が避けられているようには見えませんでした。

 交通量も減ったとはいえ、四六時中車が行き交う排気ガスの中での食事はあまり健全には思えませんでした。

 いま食事を目当てにマンハッタンへ来ることはオススメできません。やはりそれなりのリスクを背負うことになるでしょう。


 じゃあ、どこに行けばいいんだ、こんな行楽の季節に。とフラストレーションの高まる方、たくさんいらっしゃると、思います。


都会を離れて郊外へ


 そんなときは、郊外を目指してはいかがでしょうか。アメリカは広大な自然の宝庫です。都会のレジャーに慣れた方なら、いまこそ地方の良さを知るべきです。

 ただし今現在、州を跨いでの越境レジャーはご法度です。事実、今週から警察が州境のインターチェンジなどで検問を始めています。マンハッタンから程遠くないホワイトプレーンズという小都市はコネチカット州と隣接しています。そこで事故や工事でもないのにやけに車が詰まっている、と思いきや、警察がニューヨーク以外の車のナンバーをチェックして、随時停車させていたのです。

 今は明確な必要理由がないと、容易に他州からニューヨーク入りできないので、くれぐれもご注意ください。検問の場所は随時変更されるそうです。これだけ見ても、州を挙げていかにコロナと戦っているかがわかります。


 ま、ニューヨークは広いので州内で探せば人も少なくて、自然の美を堪能できる場所はたくさんあります。これからもそういった隠れスポットなどをご紹介していければと思っています。

 とはいえ地方にゆこう! 誰かがそう言うと、地方で静かに暮らしている地元の方たちの中には眉をしかめる人もいるかも知れません。しかし敢えて申し上げれば、今は時代が大きく変わる潮時です。これまでの地方に凝り固また常識や風習から解き放たれるべきです。外部からお金を落としに来るゲストがいない地方はやせ細るだけです。日本の地方が今どれだけ人材不足にあえいでいるか、アメリカ人にも教えてあげたいです。


 今は意図的に人に接近しない限り、国立、州立公園などは穴場です。感染リスクの低い大自然の中ではのびのびと体を動かせます。注意するとすれば、目的地までの途中で、ドライブインやガスステーションでの接触の可能性。これも今まで通り、マスクと除菌をしっかりしていれば感染は防げます。少なくともマンハッタンで食事するよりも安全です。大森林の人気のないところでマスクを外して深呼吸しましょう。ストレスも飛んでいってしまいますよ。



新時代のライフスタイルが生まれている


 今はもう、日常でみんながマスクをして買い物に出歩く時代。自粛自粛で、こもり疲れの溜まる一方。もはや人々は以前の生活に戻るより、新生活を模索する段階に入っているのです。

 いや、こんな生活は一時的なもので、ウイルスが去ったら、またもとに戻るよ、と楽観的に考えているあなた、甘いかも。

 すでに多くの学者、有識者がコロナ定常化を想定しています。今の事態は収束しないとする考え方です。そんなの嫌だあ、といってもこればっかりは過ぎていかないとわかりません。いや何も私はコロナは時代の要請だなんて不謹慎なことは申しません。が現実、すでに多くの人がマスクライフを受け入れ、新時代を模索し始めているのです。もちろん私も抵抗はあります。なんとか元の世の中に戻って欲しいと。しかし同時に新しい時代に対応できる生き方も模索すべきだという内なる声が警鐘を鳴らすのです。


来たるべき時代に備えよう


 この先何が起ころうとも、フレキシブルに対応するすべを持たねばならない段階に来ているのだと思います。

 これを私は「柔軟性の時代」と命名します。

 この大感染の世、もはや国民は国家に頼らず、自治を収める地方レベルで政策を動かしてゆくべきでしょう。そうしないと手遅れになります。大きな統治体制だけでは、流動的非常事態に際し、変動のスピードに対応できないのです。

 個々においても、今後地震、洪水、ハリケーン、クーデター、経済転覆、医療崩壊、ルール変更、大企業失速、国際紛争なにかしら大それた事が起きたときに備え、柔軟に対応できる精神性、実行力が求められているのです。パニクってすべてを失ってからでは遅いです。臨機応変、フレキシブルに世の変動に対応し、自分を守るすべを身につけておきましょう。地方の自治に影響を与えうる発言、発信力もSNSの活用などで可能な時代です。

 

 もう一つ。自分を守ると同時にコミュニティ・レベルの協力体制を確立しましょう。遠くの親戚より、隣人の助けが頼りになります、日頃から友好関係を築いておけば、いざというときに助けたり助けられたりの互助精神が発揮される、そんな時代の予感がします。

 結局、信じる人は信じられることになるのです。新時代のキーポイントはコミュニティの活用、ここに尽きる、とまでは言いませんが、とても重要なファクターとなることは疑いません。


まとめ


 この先、時代はどのような放物線を描いて飛んでゆくのでしょうか。いまだだれも正確な予想はできていません。しかし時代の空気は確かにどこか指向性をもって流れているような気配を漂わせています。この空気をうまく読み取った人が、次世代をリードしてゆくのでしょう、きっと。

 みなさんも来るべき世界に備え、いまから感性を磨いておいてはいかがでしょうか?



**この記事を書いたのが2020年8月7日。それから一年後、この記事を受けて更なる心境の変化も記しています。ご興味のある方、ご覧いただければ幸いです。

https://www.amemono.com/2021/09/blog-post_14.html

2020年8月7日金曜日

ど忘れ対策防止策

記憶を蘇らせる方法

 


 加齢に伴って、徐々に記憶力が落ちて困る。そういう人は少なくないでしょう。私も日々多忙が重なって、いろんなど忘れをやらかして、困っていました。大半の人は脳細胞は大人になると劣化していくと考えているようです。

 しかし最近の研究では、中年以降も脳細胞の一部は新たに再生されているということがわかってきました。(www.gage.salk.edu 参照)記憶をつかさどる脳の海馬の一部で、新しい脳細胞が生まれているそうなのです。またノーベル生理学・医学賞をとった利根川進博士は光の刺激を脳細胞に当てることで、埋もれていた記憶を呼び覚ませることを実証しました。

 忘れっぽくなったからと言って、気落ちすることはありません。先人の叡智と脳医学、心理学の応用次第で、日常生活のど忘れはかなり防げるのです。


 以下は、地元のコニュニティ・カレッジで成人対象で開催された「記憶力増進講座」のノートをもとに抜粋したものです。講師はマサチューセッツ工科大学記憶研究センターのスタッフの方でした。(www.picower .mit.edu)

  

 記憶、それはあることを習慣化することで、大半の喪失は防げます。講義は一般人向けで、しかもある高齢者保護施設の一行をゲストとして招待した、老、壮年対象の平易なものでした。学術的な講義が苦手な私でもおおいに役立つ内容でした。私のノートが雑でまとまっていないので、今回はざっと見出し的にポイントを抑えておきます。


ど忘れ防止法1:ビタミンDの摂取。

 ビタミンDの不足は認知機能の低下に繋がります。318人の高齢者を5年間追跡した研究では、ビタミンDの血中濃度が20ナノグラム以下の人は、正常な人よりも早く記憶力、認知能力を失いました。ビタミンDの補給により忘却を低下できると考えられています。


ど忘れ防止法2:糖分を摂り過ぎない。

 砂糖の取り過ぎはあきらかに認知機能の低下を呼び起こします。とくに短期記憶を蓄える脳の領域に影響を与えます。4000人以上が参加した研究では、ソーダなどの甘味料入り飲み物を日常的に飲む人とそうでない人とでは、脳の総量が違ってきたそうです。糖分を取りすぎると脳が萎縮し記憶にも影響を与えるというのです。


ど忘れ防止法3:昼寝をする。

 スペインで習慣化されているシエスタは記憶保全に効果的という研究結果があります。シエスタは二時間あまりが常識的なので、ちょっと日本やアメリカの生活には向いていないかもしれません。もっと短くてもいいのか。アメリカではパワー・ナップという短期睡眠が推奨されています。昼休みの食事直後に15分前後の仮眠をするというものです。午前中活動した脳を休ませることは、記憶の保全に効果アリとのレポートが出ています。ただし習慣化しないと、はじめのうちは起きたときのリカバーがダルくて逆効果のケースもあるとか。


ど忘れ防止法4:3Dゲームをする。

 ちょっと聞くと都市伝説のように思われますが、これも学術的な裏付けがあります。

「Journal of Neuroscience」というその筋では有名な学術誌に発表されたクレイグ・スターク教授らの論文からです。これまでゲームのやりすぎは「恐怖のゲーム脳」とか言われて、脳に悪影響を及ぼす、という論調が多かったのですが、これは逆です。2週間かけて毎日30分3Dゲームと2Dゲーム、そしてゲームをやらなかった学生を集めて、ゲームをする前後二回、記憶力テストを行いました。結果3Dゲームを続けてきたグループだけが12%テスト結果が向上したというのです。これは立体的な認識能力を必要とするゲームによって、脳の記憶分野が活性化されたものと推測されています。


ど忘れ止法5:音や色で自分に言い聞かせる。

 あとであれをやらなければいけない。そう思っただけでは、認識度は低く、忘れる可能性は低いそうです。大切な事項は声を出して、自分に語りかけることだといいます。それも、自分で自分の名を呼んで、号令するように言い聞かせることが大事だといいます。さらにそれを3回以上繰り返すと、より記憶喚起力が高まるのだとか。同様に、赤やオレンジ、緑色などのペンで親指と人差し指の谷間に何かしらのマーキングを施すことで、やるべきことが思い出されると言います。手の平に文字を書くより簡単で思い出しやすいとのことです。これで私は寝る前に飲む薬を忘れなくなりました。


ど忘れ防止法:番外おすすめ

 ほかにもいろいろ細かいテクニックは紹介されていたのですが、ここで私のど忘れ防止策をご紹介しておきます、忘れる前に。


最強の備忘録「Google Keep」

 このアプリをダウンロードし使い始めてから、ど忘れは大幅に減少しました。とにかく簡単で便利。朝から番まで活用できます。私は起床と同時にこのアプリを開けます。寝ぼけ眼でも昨日更新した内容をまず確認。仕事に出かける前に、ふたたび今日すべきことを再確認。なにか思いついたら即書き込みます。この時点で、何もしなかった頃の自分なら忘れるミスをほぼ防げます。その後、しごとばについたときや、ちょっとした中休みにも思いついたことを書きます。急ぎのときは、音声入力や画像で自分自身にメッセージを送ります。仕事場で使うパソコンやタブレットにもこのアプリを入れ同期させていますので、いつでもどこでも、いやでもこのアプリは目に付きます。タブレットでは手書きでより注意喚起の強いサインを残せるし、もう視覚訴える手段としては最高です。このアプリさえ見ておけば、大半の必要事項は見られるし、すぐ追加できます。

 ど忘れ防止にこれほど役に立つアプリを私は他に知りません。本アプリに導入を強力にオススメします。 


 最後に笑い話を一つ。  

 ある日、インフォマーシャルのテレビ番組(コマーシャルを番組化したもの。ようするにテレフォン・ショッピング)を観ていたら、物忘れ防止の切り札として「Mega Memory」という記憶術をマスターするためのCDを宣伝していました。

 番組では難しい数式や大量の書類をこのCDのメソッドで記憶し、しかも長期間忘れない人たちの成功例が紹介されていました。スゴイ、私はこれを見て、すぐに買いたくなりました。仕事でミスを犯さないようにと、すがる思いで、ネットで注文したのです。

 それから数年後、物置の引き出しの奥から見覚えのある小包の紙袋がでてきました。あれ、と思って中身を見ると、「Mega Memory」のCDと解説書が開封されないままで出てきました。私は注文した時点で安心したのか、すっかり「Mega Memory」の存在自体を忘れてしまっていたのです。これではどんな記憶法も使いようがありませんね。これぞ無敵のど忘れ者です。


ハリケーン直撃の恐怖

ストーム襲来、そして停電

 


 フロリダ沖から北上したハリケーンなんたらが途中で熱帯低気圧に変わり、ニューヨークを通過しました。予想以上に強い嵐が吹き荒れ、私の周辺地域に甚大な被害をもたらしました。強風の中、仕事で車を走らせいていたら、路上至る所に折れた樹木の枝葉が散乱していました。ローカルの狭い道路では倒木も多く、行手を塞ぐほどの被害です。通行不能の場所もいくつか遭遇しました。中には倒れた木が電線にもたれかかったり、引きちぎっている場所もあります。かなりの惨状であることが見て取れました。

 街はというと、パワー•アウテージが至る所で起こっており、信号も軒並み真っ暗な状態です。これはよほど注意しないと危険な状態、と思った矢先、ボンネットを大破した車が路肩で斜めになっているのに遭遇しました。警察車両が道路規制を始めたばかりでした。他の場所でも交通規制が始まっており、帰宅は徐々に困難になりつつありました。

 

 暗くなると本当に危険な状態です。風雨はややおさまったものの、余談は禁物です。何度か交通規制によって迂回させられ、時間はかかったけど無事に帰宅はできました。

 しかし家に着いてほっとしたのも束の間、お茶でも飲もうかと湯を沸かしていた時、突然停電が発生しました。しかも不気味なことに、電気の供給がオン、オフと点滅するように繰り返し、パソコン、エアコン、蛍光灯、軒並みついたり消えたりを激しく繰り返す事態に。これはすごく危険を感じました。下手すると、どこかでショートして火災を引きおこしかねません。家族に号令を発し、全ての電源をシャットダウンさせました。あたりは静まり返り、遠くどこかの自家発電機の唸る音だけが響いてきます。

 それ以降、電気の供給はピタッと止まり点滅さえしなくなりました。これまでも悪天候による短時間の停電は経験していましたが、今回は2時間、3時間と待てど暮らせど、復旧しません。スマホで電力会社のウェブサイトを開き、停電情報を見ると、「大規模停電により、当社の情報提供網が寸断され、現在利用できません」と出るのみ。一体なんのための情報サービスか、と思いました。

 とりあえず他のニュースソースからこの停電が局地的なものではなく、10数万世帯を巻き込む大規模な障害であることが判明しました。地域により状況は異なるようですが、何処も迅速な復旧は期待できないようなレポートばかりです。TwitterやFaceBookからの情報も徐々に上がってきて、この風雨がもたらした影響の甚大さが浮かび上がってきました。


 日本でもかつてない河川の氾濫等、自然災害は年毎に強大化している模様です。アメリカでも、ハリケーンや大洪水などが起きやすくなっており、これまで以上に非常時での対応が求められています。今回当該地域にもたらした被害の全容は未だ掴めていませんが、どうやら復旧は容易なことではないでしょう。国も地域も、今後よりいっそうの防護体制の強化を求められることでしょう。


 後記:停電は結局丸一日プラス10時間ほど続きました。調べた結果、すぐ近くの電線が、倒木により切断されていたせいと判明。大きな木を取り除き、ケーブルを修復するまでかなりの時間を要したことになります。今回は広範囲で、多数の電線が寸断された複合停電だったため、回復に時間がかかったようです。24時間以上電気がないと、不便であることが痛いほど身にしみました。

 しかし、家族や近隣住民に大きな被害がなかったことは幸いです。ハリケーンによって家を失った人のことを思うと、申し訳ない気持ちに駆られます。うちは冷蔵庫の中身が無駄になったことぐらいで済んだのですから。


夏フェスもリモートで

フォーク・フェスティバル


 今年の夏は各種イベントが軒並み中止に追い込まれました。
 毎年行われる夏フェスを楽しみにしていた音楽ファンには残念な夏となりました。
 ファルコンリッジ・フォークフェスティバルもその一つで、私も毎年のようにこの野外音楽の祭典を観てきたものです。
 例年ならニューヨーク州の郊外にある広大な牧場を借り切って、数万人規模で盛大に行われるこのお祭り、今年はすべてオンラインによるストリーミングに切り替わりました。
 5月の時点で、現地開催を諦め、ネットによる参加を募ったのは良い判断だったでしょう。
 例年参加する50組以上のアーティストが準備時間を与えられ、それぞれがフェスティバル向けにオリジナルビデオを作って、持ち寄るというオンライン形式になりました。
 当日、ビデオは主催者側の用意したウェブサイトか、YOUTUBEで観られるようになりました。蓋を開けるまでどのアーティストがどんなパフォーマンスを見せるのか楽しみでした。
 ネット上のフェスティバルは静かに始まりました。例年は野外の緑の丘でたくさんのテントが立ち並び、3日ががりで、挙行されるのですが、今年は全く違う雰囲気です、しかしいくつかのバンドやシンガーがメッセージを語るにつれ、歌うに連れこのスタイルにも慣れてきました。
 ほとんどが自宅やスタジオでの録画らしく、手作り感がまた親近感を呼び起こします。
 みるほうもそれぞれ趣向を凝らしたセットで自慢の歌や演奏を披露していきました。フォークのフェスティバルなので、今どきのポップスやヒップホップ、パンクロックなどと比べると、地味に映るでしょう。しかしその分、聞き耳を立ててじっくりその音とメッセージを味わうことができます。野外フェスにおいて、ロックコンサートが爽快なな喉越しを楽しむビールだとすれば、フォークの味わいは舌の上でじっくり吟味するワインのようなテイストと言えるでしょう。
 毎年おなじみのアーティストが登場すると、画面越しにも「よっ、待ってました!」と快哉の掛け声が飛び出しそうです。例年遠くから眺めていたステージ上のアーティストが、画面を通してカメラ目線で歌い語るのは、なんとも贅沢な気さえします。知らないアーティストの新しい曲も、普段なら見過ごしがちですが、今回はしっかり見ることができ、新しい発見もありました。
 私が一番まっていたバンド、Slambovian Circus of Dreamは今回不参加でしたが、ヴォーカルのJoziahがソロでオリジナル曲を披露。その後、かつてのコンサート会場での貴重な記録フィルムを公開してくれました。
 このように、コンサートでは味わえない趣向を凝らした演出もいろいろあって楽しいひと時を過ごすことができました。
 今後、コロナが長引けば、こういった新しいパフォーマンスのスタイルが進化していくことが予想されます。もちろん既存のステージライブは第一でありつつけてほしいです。しかしおそらくこれからの時代、ライブと並行してこういった興行のありかたも進んでいき、ライブでは観られない新しいスタイルも確立していくと思います。互いがそれぞれの良さを伸ばしつつ、さらなる新時代のパフォーマンスを見せてほしいものですね。

2020年8月4日火曜日

やり直し英語なら、DUO 3.0

数ある英語学習書



 結論から言います。英語の再チャレンジにおすすめの学習書。私の一押しは、
「DUO 3.0」です。
 他になしとは言いませんが、最良の選択肢の一つであることは間違いありません。これは今まで数多くの参考書を読んできた中で、一番身についたな、と実感できた本です。奥付けを見ると初版が2000年ですから実に二十年にわたって、重版され支持され続けてきたロングセラーです。重要単語1600と熟語1000を例文560本に組み込んだ力業が見事です。まさに英語力獲得に必要かつ最低限の内容が、無駄なく網羅されています。今読み返しても全く古びた表現はなく、選び抜いた例文であることがわかります。分厚い辞書のような参考書を何冊も読むより、これ一冊を半年なり一年なりかけて繰り返し読み、聞き、発音するだけで、長足の進歩が期待できます。私が以前勤務していたニューヨークの日系企業では、この本をまとめ買いし、希望者に配っていたくらいです。怠け者の私でさえ、この本を三ヶ月かけて4回熟読(これ少なすぎ)しました。CDに至っては100回以上、数えきれないほど、通勤列車の中で聞き返しました。耳の奥に定着した表現は必ずどこかで使えるので、騙されたと思って、ぜひ試してみてください。極論かも知れませんが、この本でダメなら、何やっても身につかないだろうと思えるほどです。それほど強くおすすめできる一冊です。


参考書大国、日本
 
 私の姪っ子がいま日本で一生懸命英会話を勉強中です。自宅勤務になってから片道通勤時間が約1時間、往復で計2時間あまり浮いたので、英会話に再チャレンジしているそうです。
 大人になってから、英語を学び直すのはいいことです。大抵は学校を卒業すると、単語も文法も忘れがちです。もったいないことです。受験に必要な4000語、いや普通の高校出る頃までに蓄積した2000語ぐらいは誰でも一度は覚えたはず。学校を出てそれを使わないとさらに半減してしまいます。語彙力は英語を学ぶ上でのモチベーションにもつながります。すっかり忘れてから、やり直すのは時間がかかるので、この時点で再学習のやる気が違ってきます。英語再チャレンジも早ければ早いほどいいのです。でもどこから手をつけたら良いのかわからない、と姪っ子から質問が来ました。
 この子はどこか漠然と英語に憧れを持つタイプ。英会話できるようになるたい、でも勉強は嫌い。といった一番学習のモチベーションが上がりにくい部類の人です。
 じゃあ高校一年の教科書のおさらいが手始めでしょう、と答えましたが、納得いかない反応。大人にふさわしい再チャレンジ法を知りたい、みたいな様子です。
 ご存知ですか、日本は世界でも有数の参考書大国なのです。英語以外でも、日本ほどハウツー物の書籍が溢れている国はないほどです。英語学習はその頂点に立つといって良いでしょう。
 一言で英語学習といってもたくさんのジャンルがあります。英文法、英会話、リスニング、リーディング、ライティング、発音、受験用そして翻訳、通訳。どれか一つに絞らないととても身につくものではありません。仮に英会話に絞ってさえ、まだ星の数ほど学習法はあります。私が思うに、これという王道はあっても、それがその人に合うとは限らない。結局その人に合った学習書なり方法を手探りで見つけていくしかないのだと思うのです。
 ただどうしてもどれか一つ、と言われれば上記のように「DUO 3.0」をおすすめします。
 それは自分に合っていたからそう言えるだけで、中にはダメだという人もいるでしょう。相性というのはそれくらい大事なものです。


洋書で根っこから英語漬けにする

 アメリカやイギリスに住んでいても、狭い交友範囲の中ではなかなか上達は難しいものです。
 そんな時、数ある英語学習書で、何がいいのか迷うこともあると思います。
 日本語からすっぱり縁を切って、完全に英語で基礎からというなら、
「English for Everyone: Level 1: Beginner, Course Book: A Complete Self-Study Program」
がおすすめです。これは完全自主学習を前提にした参考書です。英語による英語解説なので、ある程度の語学力は必要です。しかし中学一二年くらいの英語の基礎があれば、とりあえず読み進められます。この本は以前ご紹介した、BOCESの外国人のための英語教育プログラムでも、副読本として使われていました。読んで見ると、なるほどアメリカ人はここを教えたいのか、と納得させられる有用な内容が盛り込まれています
 ちょっと子供向け?みたいに初めはすごく優しい入り口なんですけど、だんだん洋書ならではの高度なテクニックも知ることになります。日本人向けの英語学習書とは違って、全ての外国人向けなので、戸惑うところもあるかと思います。しかしそれも含めて最後まで読み進めていけば、必ず一定の成果を得られるはずです。何より、書いたのが英語の本場の人で、日本の著者には書けない臨場感があります。アメリカの教育者が選択した学習法だと理解し、その意図に従えば必ず一定の成果を出せるのではないでしょうか。


 以上、英語の再チャレンジに臨む人へ、思うことを書かせていただきました。
 結論としては、繰り返しになりますが、他人の意見も参考にしつつ、まず自分のゴールを明確化してから、自分に合った学習書なり勉強法を見つけることだと思います。
 また次回、オススメできる本やテキスト、媒体などご紹介できればと思っています。