2021年4月28日水曜日

異例ずくめのアカデミー賞

サムズアップ・アメリカ!
オスカーは誰の手に



第93回アカデミー賞が4月25日に開催されました。またオンラインによる盛り上がりに欠けるビデオのつなぎ番組だろうと思ってい見ていたら、予想に反するものでした。
スケールは縮小したものの、きっちり伝統の会場パーティ形式だったのです。時節柄、これはマスコミやうるさがたに叩かれるだろうと思いましたが、一夜明けた反応はさほど目立った批判はありませんでした。
主要な受賞作がどれも妥当というか、秀作揃いで、良心的で、誰もが好意的に受け止めざるを得ない作品、的なモノだったからかもしれません。
最優秀作品賞にしてもアカデミー賞にしては、地味で、華にかけるきらいは否めません。でも力作であることには異論はなく、今年随一の作品であることは、多くのレビューを見ても分かる通りです。


その『ノマドランド』は今回最多の3冠に輝きました。季節労働の現場を渡り歩くノマド(遊牧民)の姿を描いた同作は、『ファーザー』『Judas and the Black Messiah(原題)』『Mank/マンク』『ミナリ』『プロミシング・ヤング・ウーマン』『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』『シカゴ7裁判』を抑えて作品賞を獲得しました。

監督のクロエ・ジャオが、女性としては2人目、また有色人種としては初の監督賞受賞という快挙を果たし、さらにもはや名優の域に達したフランシス・マクドーマンドが主演女優賞に輝きました。





それにしても今年の米アカデミー賞授賞式はアジア系女性の活躍が目立ちました。作品賞は「ノマドランド」、監督賞は同作を手がけた中国出身のクロエ・ジャオ監督が白人以外の女性として史上初の栄誉です。
さらに助演女優賞は、韓国人移民の家族を描いた「ミナリ」に祖母役で出演したユン・ヨジョンさん。韓国人俳優として初めての獲得です。白人男性に偏っていると批判されてきた映画芸術科学アカデミーが、多様性を目指して進めてきた改革の成果が表れたとの見解ですが、中には忖度しすぎという意見もあります。公平に見てアジアの映画はアカデミー賞(らしい)候補に挙がる作品の比率は少ないです。そんななかから優れた作品を無理やり引っ張り出してきて祭り上げた、という意見があるのは致し方ないかもしれません。


今回の授賞式は、スティーブン・ソダーバーグ監督の指揮のもと、テレビ番組のプロデューサーたちが、従来の流れを変え、予定よりも早く作品賞を発表しました。(いつもなら最後にとっておくパターンですね)

あくまでも私見ですが、今回、授賞式のエンディングは主演男優賞のために用意されてたのではないでしょうか。端的に言って、故チャドウィック・ボーズマンへのオマージュで締めくくることを大方のファンが想定していたと思えるのです。
2月に開催されたゴールデングローブ賞では、ボーズマンの未亡人であるテイラー・シモーネ・リードワード氏が、癌のために43歳で亡くなる前のボーズマンの功績を称える感動的なスピーチを行いました。
同様に、ボーズマンが受賞すれば日曜日のハリウッドショーの最後を飾るにふさわしい、拍手喝さいエンディングとなったでしょう。通常の感謝の言葉やお別れの挨拶よりもインパクトのあるものになったはずです。

ところがどっこい、そうはなりませんでした。既報の通り、最優秀主演男優賞はアンソニー・ホプキンスの手に渡ったのです。
正直、「ええっ!?」と思いました。これ私だけではないでしょう。
「Father」は未見ですが、評論家や映画レビュアーから高い評価を受けていることは聞いていました。しかし円熟の機を越えた感のある高齢のアンソニー・ホプキンス、栄誉賞なら納得ですが、今年のオスカートップをもっていくほどのいい演技をしていたのでしょうか。これはもう観て判断するしかありませんね。
ただアカデミー賞運営側としては、この夜のショーのエンディングに別の盛り上がりを夢見ていたことは間違いないでしょう。でもいまヘイトクライムが批判される昨今、黒人俳優が頂点を極めるのもシナリオとしてはデキすぎかもしれません。そうなったら一部のうるさがたはやれ茶番だの出来レースだのと言いかねませんからね。






ともあれ、この盛り下がったエンディングには拍子抜けでした。なにせ当の受賞者であるアンソニー・ホプキンスの陰すら現れなかったのですから。最低でも中継で御大の一言が欲しかったところです。

いやほんとうに、今回のアカデミー賞は中途半端な肩透かしで幕を閉じました。


振り返ってみると、今年のアカデミー賞は異例ずくめでした。多くの恒例を配し演出に苦労のあとが散見されます。いつもだとオープニングからコメディアンがにぎやかに笑いを取るところですがそこも控え、できる限り映画俳優中心で場をつないでいきました。
ちょっとぎこちない場面転換もご愛敬で、そこは受賞者たちの控えめかつ率直なリアクションでうさん臭さを極力排除できたのは良かったのではないでしょうか。

今回のアカデミー賞はその慣習のなさから解放されたように感じられました。確かにソーシャルディスタンシングでガランとした感のある小ぶりなメイン会場、いつもなら場を臨場感たっぷりに盛り上げるオーケストラピットのない中、最低限の音響演出で切り抜けた感があります。
観客数を減らして、アカデミーは長年の本拠地であるハリウッドのドルビー・シアターから撤退しました。今年のUnion Stationはコンパクトでも豪華な背景となり、番組制作チームはロビーの美しい特徴と自然光を最大限に活用しました。
また、ディナーシアター形式の客席では、その場で軽音楽の演奏をすることができます。いっぽうで、ディナーシアター形式の座席は、オスカーの醍醐味であるゆるやかさや親密さを失わせてしまいました。年初に先駆けて行われたゴールデングローブ賞があまりにも物足りないものであったことを考えると、この効果は先の反省に基づくものだったのでしょう。






過去2回の授賞式と同様に、この日の授賞式には場を盛り上げる役の司会者がいませんでした。どうやら、これはあらたなる慣習として定着しそうです。うまく行ってるなと思えたのは、司会者の代わりに、プレゼンターやカメラマンが群衆の間を縫って回ること。それが観客が現場の空気感、距離感を理解するのに役立ちました。
大規模な劇場を舞台のように撮影することなく、ほぼ遠目から見ることで、演出効果は格段に上がりました。いつものようにワイドショーやカットショーではなく、美しい照明で撮影された俳優たちがクローズアップされ、より親近感のわく演出でこれは成功だったと思います。

ゲストの紹介は、簡単な経歴が紹介されることもあれば、作品について口頭で説明されることもありました。ポン・ジュノ監督が韓国から中継で監督賞を発表した際には、撮影現場での作家の静止画を見ながら各候補者のコメントを読み上げました。こういったオスカーの新たな取り組みは今後もニュースタンダードになるかもしれません。願わくば、日本映画が候補に挙がったときにも、このような国民の湧くような演出を日本人俳優とともにやって欲しいものです。


この番組の最後の15分は世間的に議論の対象になっているようです。監督のChloé Zhaoがアカデミー賞史上初の有色人種女性監督賞を受賞した『Nomadland』は、本当の意味での勝利の宴にふさわしい作品でした。そこに異論をはさむ人はあまり見受けられません。
しかしこの作品は、今年だから受賞できたと言えるかもしれません。言ってみれば近年の白人中心映画界の反省の流れで受賞に至った『ムーンライト』や『パラサイト』が作品賞のあった上での積み重ねの結果です。ようやくアジア映画の取り組みにも、ハリウッドは目を向けざるを得なくなったという事でしょう。
ほとんどが演技初心者であるという、この「ノマドランド」のキャストが受賞する姿は、アカデミー賞のいつもの練り上げられたスタッフや俳優のリアクションより新鮮でした。
これが一過性のものとなるのか、例年ハリウッド作品と競り合うことになるのかは、まだ分かりません。
番組に加われなかった最優秀男優賞のアンソニー・ホプキンスに批判の声も聞かれます。しかし高齢なうえ、今年のような異常事態でのライブ放送では、そうおいそれとアドリブを利かせることも難しいと思われます。
彼への批判は実際の受賞作を観てからにした方がよいと思います。

ともあれお祭りは滞りなく終わりました。華やかさが取り柄のアカデミー賞という見られ方もありますが、今回はいろいろ細かいところで、制作スタッフの苦心の跡も見え隠れするイベントでした。映画界を盛り上げ、ふたたび観客が映画館に詰めかける安全な日が来ることを祈り、今年もよりよい映画が見られるように願わずにはいられません。




なお各部門の受賞は以下の通りでした。


作品賞 『ノマドランド』
主演女優賞 フランシス・マクドーマンド『ノマドランド』
主演男優賞 アンソニー・ホプキンス『ファーザー』
助演女優賞 ユン・ヨジョン『ミナリ』
助演男優賞 ダニエル・カルーヤ『Judas and the Black Messiah(原題)』
監督賞 クロエ・ジャオ『ノマドランド』
脚色賞 クリストファー・ハンプトン、フロリアン・ゼレール『ファーザー』
脚本賞 エメラルド・フェネル『プロミシング・ヤング・ウーマン』
衣装デザイン賞 『マ・レイニーのブラックボトム』
作曲賞『ソウルフル・ワールド』
短編アニメーション賞 『愛してるって言っておくね』
短編実写映画賞 『隔たる世界の2人』
長編ドキュメンタリー賞 『オクトパスの神秘:海の賢者は語る』
短編ドキュメンタリー賞 『コレット』
国際長編映画賞 『アナザー・ラウンド』
音響賞 『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』
美術賞 『Mank/マンク』
編集賞 『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』
撮影賞 『Mank/マンク』
視覚効果賞 『TENET テネット』
長編アニメーション賞 『ソウルフル・ワールド』
メイク・ヘアスタイリング賞 『マ・レイニーのブラックボトム』
歌曲賞 「ファイト・フォー・ユー」(『Judas and the Black Messiah(原題)』)

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