2020年11月14日土曜日

アメリカで話題の日本文学

 川上未映子の「夏物語」

 


Breasts and Eggs

 今年アメリカで翻訳出版された文学作品の中で、ベスト10にランク入りするほど高評価を得た作品です。日本人の現代作家がここまで注目されるのは村上春樹以来だと思います。本作は2008年に第138回芥川賞を受賞した「乳と卵」のリブート作です。

 大阪に住む巻子という39歳のシングルマザーが、豊胸手術をするために、12歳の娘緑子を連れて、東京に住む妹の夏子のもとに滞在する話です。大阪弁のあふれる会話劇と作中で自問自答のように論じられる「女と母」「出産とその権利について」など正解のない問題が生々しく絞り出されていきます。極めて現代的な女性ゆえにぶち当たる生きづらさが全編にちりばめられており、読むものをひきつけてやまない力作です。
 欧米での受け入れ方も多くが好意的で、読んだ人は何かしら、普段置き去りにしてきたもやもやを掴みあげられたような感想を抱くようです。

 著者自身が「人が生まれて生きて死んでいくことの全部を書きたかった」というだけあって、長編化された本作は「乳と卵」に比べてより作品のテーマを深堀りし、物語としての肉厚感が増したようです。日本では「乳と卵」の方が簡潔でわかりやすいなどという人もいるようですが、英訳して出すならやっぱりこちらの長編の方が手ごたえを感じやすく、より存在感をアピールできたと納得します。


「TIME」誌では以下のように評されています。

 「・・・(略)シングルマザー巻子は豊胸手術のためにクリニックを探すために街に出ている。娘の緑子は沈黙の渦中にあり、女性たちは年を重ねることや体の変化に関連した自分たちの恐怖に同調するようになる。それは、女性であることの意味を鋭く観察し、心を痛める描写である。小説の後半では、登場人物たちが10年後の今もこのような葛藤と向き合っていることが描かれている。予想もしていなかったアイデンティティーと対立しながら、子供のいない女性としての夏子の人生を描くことで、現代の女性としての悩みを、痛々しく、そして素晴らしく不条理な言葉で浮き彫りにしていく」

 さらにこちらは一般読者の好意的なレビューの一部です。

「登場人物たちが東京の様々な場所で出会った夏との逸話を中心に、ゆるやかなテンポで展開していくので、重厚なストーリーをお求めの方には向いていないかもしれません。淡々としているように見えるかもしれないが、物語の表舞台の下には、誕生と死、孤独、悲しみ、現代社会における女性の居場所など、重みのある問いが浮かんでくる。喜びと悲しみ、抵抗と受容、疎外と親密さの間で揺れ動く小説のムードには、独特の美しさがある。私たちがこれまで以上に自由に自分の選択をすることができるようになった時代に、奈津は常に答えを求め、自分の人生、そして女性の人生の意味を模索している。

 日本の家父長制は常に不吉なほどに背景に浮かんでいるキャラクターであり、物語はほとんど女性を中心に描かれていますが、男性の暴力や、奈津の父親を含む男性の心の傷が垣間見えることがあります。良い」男性キャラクターもいて、そのほとんどが第二巻の終わり近くに登場するが、彼らの登場は純粋に機能的なものであり、むしろ物語を弱めている。これはおそらく、この小説のフェミニズムの核心があまりにも強力であるために、男性のキャラクター開発への希望を消し去ってしまうからであろう。

 視覚的にも感情的にも、本編は女性の経験についての息を呑むような探求であり、誕生、生、死の本質についての鋭い問いかけに満ちているが、夢のような、のんびりとしたペースのおかげで消化しやすい。口調の不均一さや、あまり多くない余談のような欠陥でさえ、そのユニークさに何かを加えている。本質的には、それは深遠な真実に基づいて鮮やかな文字や状況を通して語られ、精神的な成長とそれに付属する関連する痛みについてのストーリーなのです」

 本作は、Amazonのみならず、巨大ブックレビュー・サイト「Good Reads」や新聞「New York Times」の名物書評にも取り上げられたほか、イギリスの大手新聞紙「The Guardian」、雑誌「TIME」など並みいる大手書評欄でも好意的に取り上げられ、今年のベスト・ブック・オブ・ジ・イヤーの候補に挙がっています。

 なおこの「夏物語」は「BREASTS AND EGGS」という原題にて世界十数か国で翻訳されているとのこと。ようやく日本の現代作家紹介への門が開いた感があります。女性作家を中心に、今後こういった機会は増えるとの情報もあり、先が楽しみです。

 これまでも日本の現代作家が書評の俎上にあがったことはありましたが、コンテンポラリーなテーマでよりリアルな現実社会を浮かび上がらせた本作は、いろんな意味で日本における文学のあり方を示せるいい機会になったと思います。願わくば今後も引き続き、日本文学がコンスタントかつリアルタイムで翻訳されて、世界文学の一翼を担うようになってほしいものです。

 


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