2020年7月1日水曜日

彫るのは自由ですが。

アメリカは入れ墨に寛大



 先日、仕事場に新しいキャビネットや電気系統の改良を施すための、資材がデリバリーされてきました。
 日本で言えば、引っ越しセンターと言うんでしょうか、荷運び専門の業者の3人組がトラックで乗り込んできました。どうひいき目に見ても、あまりガラのよさそうなヒトたちではありません。リーダーらしき年配の男は、グラサンを外そうともせず名乗りもせず、仏頂面で「トラックどこにつけたらいいんだ?」といきなり聞いてきました。
 一瞬私と同僚の女性は凍りついたように沈黙しました。うちの仕事場で比較的物腰の低いアランが前に出て、「なにか御用ですか?」と聞きました。
 グラサンは「おー、話し通じてねーよ」といかにもかったるそうに仲間の同意を求めます。ふたりの部下も部屋をのぞきながら、放送禁止の4文字言葉でなにやらぶつぶつ言ってます。
 みんなははやくも不穏を察して「触らぬ神に祟りなしモード」でだんまりを決め込んでしまいました。なんか気まずい空気のまま、われわれの目の前を機材が横切っていきます。
 私も人並み程度に小心者ですから、平静を装いつつも、さっさと仕事終えて帰ってくれんかなー、などど思ていました。




 それにして、もこういった運送業でも日米の差は歴然ですな。
 日本の引っ越しサービスの業者さんなどは競争が激しいせいか、接客も丁寧で作業もきびきびしてますよね。制服なんかもぴっちり着込んだりなんかして。
 それに比べてアメリカの業者と来たら、だっら~とした格好でだっら~~~と仕事するんですよね。やる気あんのか、と聞いたら「ない」と即答するか殴り掛かって来るかどっちかでしょう。
 いやそれは冗談で、ちゃんとやってる方もいらっしゃるでしょうが、少なくとも今目の前にいる奴らには、サービスのサの字も感じられないのです。
 で、しばらく仕事をしているうちに、その目障りな野郎どもがいなくなったので、ほっとして地下のカフェテリアへいったら、なんとその3人組がコーヒー片手にたむろしているじゃないですか。仕事中は一応付けいたマスクが消えてます。あ、一人はなぜか首の後に回してました。
 私もコーヒーを煎れにきたのですが、他には誰もいません。
 いやでも目が合ってしまったので「ハーイ」とかるく流して通りすぎようとしました。
 しかしカフェテリアにきて何もせず引き返すのは、あまりにも不自然なので、紙コップに水だけついで出て行こうとしました。
 すると横からひとりが私の顔みて「中国人?」と聞いてきました。
 日本人だと答えると、「おーそうだと思ったぜ!」となぜか陽気に振る舞うそのスキンヘッドの男。
「おれカワサキのバイク持ってんだ。調子いいぜ。知ってるか? マンハッタンの地下鉄もカワサキ製なんだぜ」となぜか日本びいきをアピールします。
「去年、ブルックリンで入れ墨彫ったんだ。ほら、クールだろ」
 そいつはそう言いながら腕まくりして筋肉隆々の肩を見せました。
「どうでえ、かっこいいだろ、中国語だ!」
(ああ、そうですか。漢字彫ってるのね・・・)2メートルぐらいの距離から覗き込んだ私は、なにか気の利いたことを言おうとして絶句しました。
 彼の肩には、なんと青々とした入れ墨で「台所」と書かれていたのです。

 台所!

 目を疑いましたよ。
 漢字がいっときブームになって、シャツやなんかに意味不明の単語が並べられてるのをよくみかけましたが、入れ墨で「台所」とは。
「なあ、クールだろ? お前読める? なんて意味なんだ?」
(こいつやはり意味も知らずに彫ってやがる)
 内心そう思いましたが声にも出せず、
「オー、ヤー! クールだよ。い、偉大な感じだ。とてもグレートな響きだよ」
 結局、適当に褒めてお茶を濁してその場を去りました。
 意味を知った時の彼のショックを思うと、「キッチン」なんてとても言えません。
 それにしても、どこでどうやってそんな言葉を選んだのか、今もって私には謎です。
 入れ墨に「台所」。あまりにも似合わなすぎです・・・。

  入れ墨に対する感覚は日本とアメリカではかなり違っています。とくに近年はアメリカでブームと言ってもいいくらい流行っています。特に若い人たちは、ファッションの一部としてすごく気楽にタトゥーを彫ります。
 腕や肩、足回りにびっしり彫り込んでいる人も珍しくないです。男性だけでなく、女性もワンポイントで、腕や足にイニシャルやチョウチョ、ドクロ、薔薇などプリントを貼り付けるような感覚で彫っています。中には男顔負けで、首肩胸にかけての超大作を背負ってる女性も見かけます。昔はスーパーのレジやる女の子の二の腕からパンクロッカー顔負けのタトゥーをみて、よく雇ったなこの店長、などと思っていましたが、もう慣れました。
 そういうご時世です。
 何を隠そう、私のお甥っ子が大学を卒業して、会社勤めでしばらく働いていたのですが、
半年後に入れ墨専門学校(そういうのがあるんですアメリカには)に入学しました。それで今一生懸命、卒業目指して入れ墨の勉強に励んでいます。すでにアルバイトはタトゥー・ショップ勤務で着々と経験を積んでいるのです。彼は本当に真面目にタトゥー・アーティストになろうとしているのです。日本で言えば、スタイリストやヘア・デザイナーのようなポジションなのでしょう。とにかくかっこいい職業とみなされているのです。日本の彫師さんとは別の職業と考えたほうがいいようです。
 しかしその甥っ子、卒業が近づいてきて、いよいよ実践が問われる段階に来ています。
 卒業にはどうしても実際に作品を作らなければいけません。
 実験台として、彼は身近な人から声をかけています。
「入れ墨掘らせてください」
 その真摯な声に、最初の実験台となったのは甥っ子のガールフレンドでした。彼女は喜んで実験台いや実習対象となりました。彼女の肩には美しい天使の羽が彫られました。彼女はそれをとても気に入ってるようです。次に彼は母親に頼みました。
 お母さんは躊躇したものの、いま足首に小さな花束の入れ墨が入っています。
 そして次は彼のお父さんの番だそうです。今の所、お父さんはなにかと口実を作り、逃げ回っているようです。彼としてはお父さんの背中に、かっこいいヘリコプターの彫り物を施してあげたいそうです。なぜなら、お父さんの職業がヘリコプターのパイロットなのです。(笑)
 でもこれ他人事で笑っている場合ではりありません。彼によると、お父さんの次は、親戚に聞いて回る予定だとか。ということはいつか私にも入れ墨の要請が来るということ?
 どうしましょう。
 私自身、アートとしての入れ墨を理解しているつもりでしたが、いざ自分が彫るとなるととたんに臆病風が吹いてきました。
 日本に帰国したらどうすんだよ。親戚が泣くぞ。銭湯はNGか? 温泉も一生入れなくなるの?
 細かなことばかり思い浮かぶ小心者の私なのでした。

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